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続・上に転がるべし!転職独自考察 その2

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こちらの後編では前編と記事の構成をガラリと変え、多くのヒントが詰まった体験談を1話、ご紹介します。

 

前編の記事はこちら⬇️

destiny6711.hatenadiary.jp

 

目次

 

三者の筆による解説書的な読み物ではなく、一人称(=語り部自身の言葉)での実録記事です

 

語られる内容を、ご自由に解釈いただければと思います。

 

ちなみに注意して行間を読み取っていただきたいポイントは、以下のそれぞれです。

 

・画面の中の情報だけに特化依存しないように。

・家族へのホウレンソウを怠らない。

・即断を求められる場面を想定せよ。

・今後の中長的なライフプランを見据えた、転(天)職計画を見据えるべし。

 

もちろんこの体験談がそのまま、転職を考えるすべての人の指南書となるはずもありません。

複数の偶然・ラッキーとアンラッキーなどが織り成した結果、この語り部は、

「自分は誰が何と言おうと、転職成功者だと確信しています」

自信が隠し切れぬ控え目な笑顔で、このように明言されています。

 

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談話

2005年の初秋、当時40代半ばだった私は遂に、自身の個人事業に行き詰ってしまいました。

債務整理を視野に入れ、複数の弁護士事務所の無料相談に足を運ぶも、

「自己破産以外のお手伝いはいたしかねます」

自ら債権者のもとを駆けずり回り、土下座を重ねることで、どうにかこちらが提示した返済計画に同意(和解)いただき、最悪の事態だけは回避できました。

 

当時は1人息子が高校受験と、これから家族にとって最もお金が必要な時期、私は返済と家族の生活費を稼ぎ続けるべく、なりふり構わず足掻(あが)き続けました。

自身の苦労物語をここでお聞かせするつもりはありませんが、法に触れないことであれば恥も外聞もなく、お金になるのであれば、なんでも飛びつく日々でした。

 

ようやく全額返済を終えられたのが、2013年の春。

あの時の達成感とビールの味は、一生忘れられません。

 

心身の限界ギリギリの数年間の代償は大きく、私の視力は急低下プラス、四肢の可動域も随分限られてしまいました。

年齢は50代半ば、言葉は乱暴ですが、もはや健常者としての再就職先は皆無同然だと、冷静に理解していました。

それでも働かなければ生きていけません。

 

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人生の落後者からの復活なんかじゃなく、自営業者から勤め人への転職だ。

 

転職サイトが多数配信されるネット主体の就活土壌に戸惑いつつ、手探りの五十路の仕事探しを始めてはみたものの、応募先そのものが見当たりません。

途方に暮れる寸前の私に、家内がこんなヒントを与えてくれました。

「私たちはネットの世界で生きているんじゃないわよ。三次元のこの世界で生きているのだから、昔ながらの仕事探し、今こそやってみれば?」

 

目が覚めました。

 

スーツを身にまとい、カバンには数通の履歴書と職務経歴書を忍ばせるスタイルが、私の基本となりました。

もちろんネットは活用していましたが、大都市の主要ターミナルまで3駅という居住ロケーションが幸いしました。

毎週月曜日になると、無料求人情報誌がずらりと並ぶ場所に、足を運ぶことができました。

 

しかしながら、手持ちのお金はギリギリです。

切符を買って電車で往復すると、新たな履歴書の購入や、証明写真の撮影に窮してしまいます。

大きな河川にかかる橋梁を、強風で飛ばされぬように徒歩で渡り、片道約1時間を要し、無料求人誌を全種類、大きなカバンに入れて持ち帰る繰り返し。

帰宅後に全冊隅々までチェックしてみても、応募資格があると思われる記事がゼロという展開も、めずらしくありませんでした。

 

この時代遅れと失笑を買うであろう転職生活を3ヵ月続け、合計20近い応募先に履歴書を送付するも、書類選考段階で不採用どころか、大半は無反応でした。

さすがに滅入り始めたタイミングでようやく、とある企業から筆記試験と面接の連絡が届きました。

 

一筋の光を私に届けてくれたのは、とある財閥系の分譲マンション管理会社で、フロントと称される背広組と、現地の通勤管理作業員の人材募集記事でした。

土俵から踵が飛び出し、今にも土が着く寸前のタイミング、大袈裟でなく奇跡と慈悲に救われる形で、私は新たな仕事を与えていただけました。

 

入社に際し、私は次の誓いを自身に言い聞かせ、家内と息子にも約束しました。

「3年間はどのような理不尽や納得できない状況が生じても、一切文句は言わずに従事してみせる。会社が白いモノを黒と言えば、それは黒で頑張る」

長年個人事業主の長として生きてきた自分には、大きな組織内で上手に人間関係を構築できるとは思えませんでした。

勤務開始後の毎日は、覚悟していた以上に戸惑いと負の感情の連続でしたが、自らを住込みの内弟子(カバン持ち)だと言い聞かせ、踏ん張りました。

 

当初は背広組として仕事を仕込んでいただき、ようやく自分なりに、どうにか続けて行ける自信が芽生え始めたタイミングで、思わぬ状況が生じました。

私が担当していた分譲マンションの通勤管理人が退職せざるを得ず、早急に後任者が手配できず、入居者からは当然、不満の声が高まりました。

自ずと私自身が対応せざるを得ず、午前中は現地に直行から、指定の作業服で管理清掃作業に勤しみ、午後は背広組に変身する、よりハードな日々が始まりました。

 

ところがです。

現地の管理人の仕事の方が、圧倒的に楽しくなってしまったのです。

 

お客さまである入居者からのクレームなど、矢面に立たねばならない場面も多く、なにより最初の頃は、

「偉そうな背広組の管理作業がどれだけのものか、超厳しく査定してやろう。小さなミスも許さないぞ!」

それでも精一杯頑張っていることが、少しずつ伝わり始めたのでしょう。

半年が過ぎる頃には、私自身も日時限定の居住者の1人として、快く迎え入れていただけたことを実感できました。

 

さらにこれは後年知ったことなのですが、この物件の入居者の方々が所属会社に対し、私を絶賛する文言を、幾度も届けてくださっていたようでした。

こうなれば会社の評価は急上昇と、それに反比例して背広組からは疎まれ煙たがられるのが、会社組織の常(苦笑)。

表向きの最終学歴は高卒も、実際には退学同然だった、五十路を過ぎて中途採用の私に、同僚をゴボウ抜きでの昇進話が浮上するまでに至りました。

 

「過ぎたる評価は光栄ですが、謹んでご辞退申し上げます。許される限りこのまま、物件の管理作業員を続けさせてください」

迷いない即答でした。

丁度この時期、息子も大学卒業から独立し、

「小さな部屋に越して、分相応のつつましやかな老後をスタートさせたい」

家内が兼ねてから声にしていた、この希望を叶える時の訪れだと判断しました。

 

いわゆる終活第一章を視野に入れれば、社内の出世云々は無視した通勤管理人主体の勤務スタイルが、私たちにとってベストでした。

さらに背広組は60歳定年ですが、管理作業員は当時65歳から、さらに年齢の引き上げがなされました。

油断大敵ですが、幸い入居者からは信頼いただけていると確信できたので、当面仕事を失うことはない、とのライフプランが立てられました。

また言葉にすると嫌味に聞こえますが、先にお話した通りの社内評価でしたから、報酬もそれなりでした。

 

スーツ姿で片道徒歩1時間、無料求人誌をかき集める生活から十数年。

適度以上の肉体労働と、苦手な勤務先の事務所内に必要最低限だけ顔を出せば良い、なんとも恵まれ過ぎた環境で、心身健康です。

「定年後会社に残れず、放り出されてしまった……」

肩を落とす学生時代の友人を勇気づけつつ、生涯安泰とは申せませんが、私は実社会に居場所を与えていただけています。

 

今年は初孫誕生の予定もあり、私たちは『じいじ・ばあば』デビューです。

息子夫婦が孫の世話をさせてくれるのであれば、会社との雇用契約を管理人だけにして、十分な自由時間を確保するのも一案です。

 

捨てられませんね。

そしてこの先たとえ、どれだけ認知症が進行しようとも、忘れないでしょうね。

 

遠い日に仕事を求めて日々身に着けていた、今は太って入らないスーツと、踵がほとんど擦り減った革靴。

私を救ってくれた求人情報が掲載されていた無料冊子と、採用通知その他、郵送されたすべての書類。

日々食卓を挟み、その日の出来事を報告するなか、心配をかけまいと重ねた嘘を、黙って聞いていた家内の姿。

昼飯を食べたフリをしていたのは、私だけではなかったことも……

 

最後は湿っぽくなってしまい、申し訳ありません。

これが私の人生唯一の、転職体験談です。

よくよく振り返ってみれば、ビジネスの話とは言えませんよね?

ですが誓って、話を盛った部分はありません。

 

ここまでご清聴いただき、ありがとうございます。

 

最後に

 

いかがでしたか?

 

この男性が繰り返されている通り、私たちは三次元の経済社会を生きています。

転職先すなわち新しい仕事に出会い、それに挑むチャンスを掴むことができるのも、三次元のこの世界に他なりません。

 

手元のスマホも、机上のパソコンも大切です。

活用しない手はありません。

ですが、これらだけが転職成功につながるツールではありません。

 

思わぬ求人告知が目に飛び込む可能性を、スマホ歩きで逃してしまっては、あまりに勿体なさすぎます。

会社訪問に向かうリクルートスーツ姿の人たちが、軒並み手元の小さな画面を凝視している様子を目にするたびに、余計な一言をかけたくなってしまいます。

 

なんとも偉そうで恐縮ですが、最後に筆者からも一言、エールを綴らせていただきます。

 

天職への転職は、決して夢物語ではありません!

 

今回登場いただいた御仁こそが、明日のアナタの姿だと、筆者は確信しています。