『ビジネスマン』
この6文字の響きから、条件反射的にアナタは今この瞬間、どのようなイメージを思い浮かべましたか?
自身がビジネスマンであると自覚している人であれば、悪戦苦闘の苦い記憶と、日々頑張り続ける己の姿でしょうか?
毎日仕事に勤しむご主人の姿が浮かんたのであれば、一昔前の世代から「良妻賢母」と褒められるかも?
栄養ドリンク片手のタレントの姿であれば、辛口で恐縮ですが、もう少しイマジネーション能力をアップさせた方がよろしいかと?
今回ここでご一読いただくのは、この6文字とイコールでつながる、筆者にとって鮮烈な、とある光景のお話です。
時は1990年代中後半、いわゆるバブル崩壊により、経済が谷底だとされていた時期でした。
大手証券会社の倒産を受け、その企業のお偉いさん(?)が再就職活動に際し、
「私には部長ができます!」
こんな都市伝説というか、苦笑い話が小さな話題となりましたが、当時はインターネットの一般普及直前。
今日だったらどうだったのか、無責任な興味が見過ごせません……おっと、いきなり脱線の予感ですね。
当時の筆者は、個人事業主。
時刻は午後11時を過ぎ、電車を乗り継げばどうにか終電で帰宅できる計算でしたが、結果的にタクシーを利用することに。
その理由とは、人通りもまばらで大半の窓明かりが消えたオフィス街の裏通り、コインパーキングで円陣を組む、摩訶不思議な一団との遭遇でした。
Q:これってビジネス(マン)としては、実際どうなのよ?
当事者各位には失礼と存じつつ、足を止めて目にした、そこからの展開とは……
目次
- 2020年代では考えられない光景
- あまりにイレギュラー!?人間が脱皮ならぬ脱サラの瞬間
- モーレツ社員 → グループ営業集団 → そして令和から未来へ
- 会社としてはこれがベストなビジネス手法であるとの信念
2020年代では考えられない光景
その一団は全員スーツ姿で、リーダー格の男性の叱咤激励がビル街に跳ね返り、やまびこのように時間差で響いていました。
絵面(えづら)としては、甲子園の攻守交代時に、ベンチの前で監督を軸に輪になっている、あの感じでした。
薄暗い中、鼓舞されている部下たちの表情は確認が難しくも、想像に難くありませんでした。
「こんな時間まで飛び込み営業部隊とは大変だな。スナックにカラオケシステムを売り込む仕事だろうな」
ごく自然な筆者の邪推でしたが、一拍置いて気づきました。
そのエリアは小さなテナントビル群で、ランチ難民が最寄りのコンビニで弁当を奪い合うのが日常でした。
スナックや居酒屋どころか、飲食店といえば全国チェーンの珈琲店が1軒だけ。
どうやら一般的な営業集団らしく?
こんな時間に稼働している飛び込み先など見当たらず、それ以前に失礼どころか、不審者軍団の押し売りです。
すっかり意識をロックオンされてしまい、その場から動かなかった筆者など我関せず。
リーダー格は自身のハイテンションに陶酔し始めたのか、もしくは演技なのか、名ならぬ迷台詞が止まりません。
「さあ!今から行くぞ!成約を上げるまで帰れないからな!」
それ以前に終電が無くなりますよ。
「今月のこの挙績では、とても来月を迎えられない!〇月32日!33日!34日!……」
カウントダウンならぬ、カウントアップですか?
もちろん勘弁願いたい限りですが、仮にあの輪の中に自分がいたなら、間違いなく吹き出していたに違いありません。
それが火に油を注いだとして、その先どうなったのやら、邪推すればそれだけ、苦笑いを堪えるのが大変でした。
昨今であれば200%『◆◆ハラスメント』がいくつも当てはまる光景、これから数秒後に、急展開を見せることとなったのです。
あまりにイレギュラー!?人間が脱皮ならぬ脱サラの瞬間
喉が千切(ちぎ)れんばかりの絶叫が、一体に響き渡りました。
近所のコンビニから、様子を伺う人影が飛び出してきました。
上司(?)の理不尽極まりない命令叱責に、耐え切れなくなったのでしょう。
自身と同世代もしくは目上と映った1人の男性は、完全に常軌を逸していました。
「殺される!◆◆(リーダー格の苗字?)に殺される!殺人者!みなさん!こいつは殺人者ですよ!うわあーっ!……」
テレビドラマで仲間割れから、犯罪集団のボスに銃口を向けらえた共犯者のように、腰は引けて震えがとまらず、相手を指さしながら、後ずさりを続けています。
Q:これって隠しカメラで撮影中?
対して円陣を崩さぬ残り数名は、それぞれが人間ではなく、物体と化しているかのようでした。
しかしながら、さすがに騒ぎが大きくなったことで、リーダー格も焦ったのでしょう。
突然その場を離れるように指示を出せば、部下の数名はリモコンで動く人形もしくは、戦隊特撮に登場する悪の組織の下っ端よろしく、後に続いていました。
仮にこの光景が本当に何かの撮影であれば、
「カット!演技があまりにもわざとらし過ぎる!もう1回!」
監督からの呆れたお叱り必至の、絶叫を残して逃げ出した御仁の姿は、すでに遠く。
このままここに残っていたら、自分が当事者だと誤解されかねないぞ。
保身と確認のためにコンビニに入ってみれば、馴染みの経営者の男性の姿が。
「何だったんでしょうね?」
筆者からの差し障りのない問いかけに、冷静な口調の意外な答えが返ってきました。
「ちょくちょくありますよ。ここらではめずらしくありませんよ」
へえ……
モーレツ社員 → グループ営業集団 → そして令和から未来へ
現在第一線でバリバリに働いている世代にとっては、歴史の教科書に登場する言葉かと思われるのが、昭和の高度成長期を支えたサラリーマンを称賛する、
『モーレツ社員』
イメージに難くありませんが、ご興味があれば、お手元のスマホで色々検索してみてください。
そこから時代は流れ、オートロックとインターネットの急速普及で姿を消すこととなったのが、今編の主役と言える、
『グループ営業集団』
あくまで筆者個人の認識ですが、2000年代に入っても一定期間は、こうした飛び込み営業集団が、さまざまなジャンルに存在していたと記憶しています。
今日でも個人宅を訪問する営業チームの人員募集記事など、時折見かけますよね?
飛び込み営業は、日本経済社会の黎明期から長きにわたり、その時代時代に即してスタイルを変化させつつ生き残り続けた、古典的な手法と言えるでしょう。
これにとどめを刺したのが、インターネットの普及に伴う、諸々の権利意識でした。
『個人情報保護』『〇〇権』などの文言の意味が過剰開削されての一人歩き。
多くの建物の玄関ドアは施錠が基本となり、今日の『当たり前』が確立されるに至っています。
羽毛布団や保険の外交セールスなど、次々と自宅に訪れる業者の姿も消えて久しく、
「誰も来なくなったねェ……」
来られれば迷惑も、どこか退屈未満を覚えている人も、高齢世代を中心に、潜在的に少なくないかと思われます。
そうした高齢者の財産を狙う、悪しき軍団の来訪は、ご勘弁願いたい限りですが。
今回ご紹介した一団は、時代背景を問わず、あまり好ましくない営業部隊でしょう。
迷惑となる行為はいただけません。
それでも会社組織として、それなりの期間存続していたからこそ、特異とも映るこのような営利目的の営業スタイルを、社員に強いていたのでしょう。
会社としてはこれがベストなビジネス手法であるとの信念
社員の入れ替わりの頻度は半端ではなかったでしょうが、組織の経営として成立していたのであれば、これもビジネスの1つに他なりません。
「嫌なら辞めろ。余剰人員など要らない。オマエの代わりなどいくらでもいる。会社に利益を届ける人材だからこそ、生活を保障してやる。五分五分だ!」
これは大人の対応で言葉にしないだけで、すべての経営者に共通する、そして必要な価値観です。
多くのサラリーマンには理解が難しく、自らが一国一城の主となったことで、ようやく気づくことができる、労使間の大きな隔たりを表す価値基準でしょう。
そして、この血も涙も常識すらも無いと思えるリーダー格は、間違いなくこの会社への貢献度『高』であると考えます。
この理由、おわかりいただけますか?
現在の法律では、従業員の解雇は容易ではありません。
上司の「余剰人員」のひと言に、
「パワハラだ!訴えるぞ!」
これは近年の物差しですが、それ以前から被雇用者は手厚く守られているのが、この国の雇用形態です。
要らない(=使えない)使用人すなわち労働者には、自ら辞めていただきたいのが、会社という組織の本音
だからこそ表現は乱暴ですが、次の事実が否定できません。
この日の深夜、この営業グループの長(おさ)は、余剰人員を1名自主退職させた(=お手柄を立てた)貢献者
使えない人間を1人抱える人件費が、そのまま経費節減にとどまらず、会社全体の利益率アップにつながります。
半狂乱で逃げ去った人物の年収相当の金額を、会社に届けたことになります。
時代が違えば大問題ですが、法に裁かれるような強制行為かと問われれば、グレーゾーンと言えるでしょう。
「サラリーマンって凄いな」
青色申告個人事業主歴がそのまま、社会人歴と重なる筆者の、これは至って真面目な呟きです。
そして最後にもう一言だけ。
自らの従事もしくは創意工夫その他でお金を稼ぎ、経済社会を食べて生きている人物は、誰もがビジネスマン
ちなみに筆者はいまだにいわゆる栄養ドリンクの類(たぐい)、一切飲んだ経験がありません。